スタッフ紹介

総院長 柔道整復師
河原 龍秀

| 好きなスポーツ | 柔道(七段)、ゴルフ |
|---|---|
| 好きな食べ物 | カレー、ステーキ、刺身 |
| 施療の心がけ | 丁寧さ |
| 好きな言葉 | 自他共栄(自分も他人も共に栄える意) |
| 業歴 | 26年目 |

柔道整復師
肥田 卓也
こんにちは、柔道整復師の肥田卓也です。
私は熊本県で生まれ育ちました。
子供の頃からサッカーをやっていて、今でもフットサルをやることがあります。
身体を動かすことが好きなので、日頃から筋トレやランニングをしたり、フルマラソンに参加して走ったこともあります。
柔道整復師を目指したきっかけは学生の頃にケガをした時、接骨院の先生にお世話になることが多く、私もこういう仕事をしてみたいと思い名古屋市の専門学校で資格取得を目指しました。
資格を取ったあとは中村区や港区の接骨院で約15年間勤務し、子供から年配、プロスポーツ選手などいろいろな方を施術してきました。
また、高校の陸上部で運動指導を行ったりと幅広くたくさんのことに携わってきました。
そうした中でもっと自分を高めたいと思い、次の職場を探していたところ、テラピストとご縁があり、河原総院長の考え方に共感し入社を決意しました。
これから来て下さる皆様に今までの経験を活かし、誠心誠意サポートしていきたいと思いますのでよろしくお願い致します。
私は熊本県で生まれ育ちました。
子供の頃からサッカーをやっていて、今でもフットサルをやることがあります。
身体を動かすことが好きなので、日頃から筋トレやランニングをしたり、フルマラソンに参加して走ったこともあります。
柔道整復師を目指したきっかけは学生の頃にケガをした時、接骨院の先生にお世話になることが多く、私もこういう仕事をしてみたいと思い名古屋市の専門学校で資格取得を目指しました。
資格を取ったあとは中村区や港区の接骨院で約15年間勤務し、子供から年配、プロスポーツ選手などいろいろな方を施術してきました。
また、高校の陸上部で運動指導を行ったりと幅広くたくさんのことに携わってきました。
そうした中でもっと自分を高めたいと思い、次の職場を探していたところ、テラピストとご縁があり、河原総院長の考え方に共感し入社を決意しました。
これから来て下さる皆様に今までの経験を活かし、誠心誠意サポートしていきたいと思いますのでよろしくお願い致します。

| 好きなスポーツ | サッカー |
|---|---|
| 好きな食べ物 | スペアリブ |
| 施療の心がけ | 丁寧に |
| 好きな言葉 | 無言実行 |
| 業歴 | 16年目 |

柔道整復師
村瀬 龍斗
こんにちは、柔道整復師の村瀬龍斗です。
私は長野県の山形村出身です。18歳まで長野県で過ごし、専門大学進学と共に愛知県に引っ越してきました。小さい頃から運動が好きで小学校から高校までサッカーをしていて、今でもランニングや筋トレをしています。
柔道整復師を目指したきっかけは、学生の頃に怪我が多く、その時お世話になった接骨院の先生が痛みの原因やそれを和らげる方法などを説明してくれる姿に憧れて私もこういう仕事をやってみたいと思い、名古屋市の専門学校に通うことを決意しました。
勉強はとても難しかったですが、自身の成長、将来の夢の為にしっかりと励み、国家試験に合格できました。また学生の時に河原総院長と出会いました。上肢の講義や柔道を教えていただき、患者様への向き合い方や考え方に強く共感しました。
そして今まで得た経験やこれから取得する知識をしっかりと患者様に伝えたいと思い、テラピストに就職しようと思いました。
患者様の悩みををしっかり聴き、解決に導けるようサポートしていけるように頑張ります!
私は長野県の山形村出身です。18歳まで長野県で過ごし、専門大学進学と共に愛知県に引っ越してきました。小さい頃から運動が好きで小学校から高校までサッカーをしていて、今でもランニングや筋トレをしています。
柔道整復師を目指したきっかけは、学生の頃に怪我が多く、その時お世話になった接骨院の先生が痛みの原因やそれを和らげる方法などを説明してくれる姿に憧れて私もこういう仕事をやってみたいと思い、名古屋市の専門学校に通うことを決意しました。
勉強はとても難しかったですが、自身の成長、将来の夢の為にしっかりと励み、国家試験に合格できました。また学生の時に河原総院長と出会いました。上肢の講義や柔道を教えていただき、患者様への向き合い方や考え方に強く共感しました。
そして今まで得た経験やこれから取得する知識をしっかりと患者様に伝えたいと思い、テラピストに就職しようと思いました。
患者様の悩みををしっかり聴き、解決に導けるようサポートしていけるように頑張ります!

| 好きなスポーツ | サッカー |
|---|---|
| 好きな食べ物 | 米、肉、バナナ |
| 施療の心がけ | 一人一人を診る施術 |
| 好きな言葉 | 初志貫徹 |
| 業歴 | 5年目 |

柔道整復師
宇野 弦汰
こんにちは、柔道整復師の宇野弦汰です。
私は柔道整復師の資格取得後、整形外科にて3年間勤務し、骨折・脱臼・捻挫・打撲といった外傷から慢性的な疼痛まで、多くの症例に携わってきました。医師の診断のもとで患者様と関わる中で、医学的根拠に基づいた評価の重要性や、日常生活背景まで含めて身体を診ていくことの大切さを学びました。
整形外科では画像所見と身体所見を結びつけて考える力や、リハビリテーションを通して回復まで伴走する経験を積むことができました。一方で、痛みを取り除くだけでなく、その先にある再発予防や身体機能の向上まで関わりたいという想いが強くなり、より患者様一人ひとりに深く向き合える環境で成長したいと考えるようになりました。
数ある接骨院の中でテラピスト接骨院グループを志望した理由は、患者様一人ひとりと真剣に向き合い、根本改善を目指す施術方針に強く共感したためです。また、技術だけでなく知識や人間力の成長にも力を入れている環境であることに魅力を感じ、自身も治療家としてさらに成長していきたいと思い志望いたしました。
ここで私が成し遂げたいことは、整形外科で培ってきた医学的知識と臨床経験を活かしながら、より多くの患者様の悩みに寄り添い、身体の不調を根本から改善できる柔道整復師になることです。そして日々学び続け、技術・知識・人間性を高めながら、多くの方に信頼される治療家へと成長していきたいと考えています。
患者様の身体の悩みだけでなく、心も前向きになれるような施術を心がけ、笑顔で全力でサポートさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
私は柔道整復師の資格取得後、整形外科にて3年間勤務し、骨折・脱臼・捻挫・打撲といった外傷から慢性的な疼痛まで、多くの症例に携わってきました。医師の診断のもとで患者様と関わる中で、医学的根拠に基づいた評価の重要性や、日常生活背景まで含めて身体を診ていくことの大切さを学びました。
整形外科では画像所見と身体所見を結びつけて考える力や、リハビリテーションを通して回復まで伴走する経験を積むことができました。一方で、痛みを取り除くだけでなく、その先にある再発予防や身体機能の向上まで関わりたいという想いが強くなり、より患者様一人ひとりに深く向き合える環境で成長したいと考えるようになりました。
数ある接骨院の中でテラピスト接骨院グループを志望した理由は、患者様一人ひとりと真剣に向き合い、根本改善を目指す施術方針に強く共感したためです。また、技術だけでなく知識や人間力の成長にも力を入れている環境であることに魅力を感じ、自身も治療家としてさらに成長していきたいと思い志望いたしました。
ここで私が成し遂げたいことは、整形外科で培ってきた医学的知識と臨床経験を活かしながら、より多くの患者様の悩みに寄り添い、身体の不調を根本から改善できる柔道整復師になることです。そして日々学び続け、技術・知識・人間性を高めながら、多くの方に信頼される治療家へと成長していきたいと考えています。
患者様の身体の悩みだけでなく、心も前向きになれるような施術を心がけ、笑顔で全力でサポートさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

| 好きなスポーツ | テコンドー |
|---|---|
| 好きな食べ物 | カレー |
| 施術の心がけ | 丁寧さ |
| 好きな言葉 | 一張一弛 |
| 業歴 | 7年 |

柔道整復師
古閑 将実
私は、愛知県の名古屋市で生まれ育ちました。
小学生の頃は、野球、サッカー、水泳、空手
中学生の頃は、バスケットボール
高校生の頃は、硬式野球をやってきまして、数々のスポーツを経験してきました。
ですので、日頃から体を動かすことがとても好きな事もあり、今はジムに行きトレーニング、休日は、草野球に参加させていただいております。
この仕事を志したきっかけは、中学生の頃、自分はどういった職業に就きたいか考えて際に、昔から人の笑顔をみたり、人の役に立ち、感謝されることが嬉しくて、とても好きでした。
その際に、自分の祖母が治療家であり、仕事姿や実際に受けた際に、この職業に感銘を受けました。また、高校生の時に大事な大会の前で腰を怪我してしまい、出れるかわからない状態の際、祖母に施術をしてもらい無事大会に出る事ができ、自分も困っている人や悩んでる人を助けたいと思いこの職業を目指し名古屋の専門学校に入りました。
専門学校では、難しい外傷や単語が色々あり、みんなについていくのに必死でしたが、諦めずに努力し、無事卒業・国家試験に合格できました。
テラピストに就職した理由は、一人ひとりの患者さんに寄り添っていて、その患者さんにあった施術をしていたり、将来自分がなりたい人物像が、河原総院長だったので、この方の元で学びたいと思い、就職しました。
また学生の頃に、テラピスト代表の河原総院長に出会いまして、そこで授業をしていただき、人間性や考え方など、人としてのあり方など沢山のことを学ばさせてもらいました。
患者さんの悩んでいる事、痛みによって今1番自分がしたい事ができていない状況で、心身共に困っている患者さんを、自分の包み込むような施術で少しでも、笑顔や楽になったと喜んでいただけるような、施術を心掛けてしていきますので、どうぞよろしくお願い致します。
小学生の頃は、野球、サッカー、水泳、空手
中学生の頃は、バスケットボール
高校生の頃は、硬式野球をやってきまして、数々のスポーツを経験してきました。
ですので、日頃から体を動かすことがとても好きな事もあり、今はジムに行きトレーニング、休日は、草野球に参加させていただいております。
この仕事を志したきっかけは、中学生の頃、自分はどういった職業に就きたいか考えて際に、昔から人の笑顔をみたり、人の役に立ち、感謝されることが嬉しくて、とても好きでした。
その際に、自分の祖母が治療家であり、仕事姿や実際に受けた際に、この職業に感銘を受けました。また、高校生の時に大事な大会の前で腰を怪我してしまい、出れるかわからない状態の際、祖母に施術をしてもらい無事大会に出る事ができ、自分も困っている人や悩んでる人を助けたいと思いこの職業を目指し名古屋の専門学校に入りました。
専門学校では、難しい外傷や単語が色々あり、みんなについていくのに必死でしたが、諦めずに努力し、無事卒業・国家試験に合格できました。
テラピストに就職した理由は、一人ひとりの患者さんに寄り添っていて、その患者さんにあった施術をしていたり、将来自分がなりたい人物像が、河原総院長だったので、この方の元で学びたいと思い、就職しました。
また学生の頃に、テラピスト代表の河原総院長に出会いまして、そこで授業をしていただき、人間性や考え方など、人としてのあり方など沢山のことを学ばさせてもらいました。
患者さんの悩んでいる事、痛みによって今1番自分がしたい事ができていない状況で、心身共に困っている患者さんを、自分の包み込むような施術で少しでも、笑顔や楽になったと喜んでいただけるような、施術を心掛けてしていきますので、どうぞよろしくお願い致します。

| 好きなスポーツ | 野球・格闘技 |
|---|---|
| 好きな食べ物 | 寿司・ふきのとう |
| 施療の心がけ | ポジティブ・前向きに |
| 好きな言葉 | 常に謙虚で素直な心 |
| 業歴 | 4年目 |










柔道家・柔道整復師になるために
生まれてきました。
はじめまして、総院長の河原です。
当ホームページを訪れていただき、誠にありがとうございます。
私は祖父が柔道家で柔道整復師、父が柔道家(幻のモスクワ五輪代表)、母が柔道整復師の家系の長男として生まれました。
幼い頃は、体が弱く、いつも両親に心配をかけている子どもでした。
季節の変わり目には必ずといっていいほど風邪をひき、小児科の通院の常連。しかも小児ぜんそくを患っていたので、吸入器は手放せないほどお世話になっていました。
そんな私も幼稚園の年長に入った頃から実家にあった柔道場(河原道場)で柔道を始め、次第に体が強くなっていきました。中学生の頃には父の厳しい指導のもと初段を取得。高校生では参段にまでなり、自信を深めていったものです。
大学は父の母校ということで当時、日本一であった明治大学へ進学。右をみても左をみても全日本や世界、オリンピック金メダリストなどが顔を揃え、しのぎを削っていました。私などの名古屋の田舎者は最初、全く歯が立たない始末。
しかし、人の環境適応とはおもしろいもので、3年生からは全日本学生柔道優勝大会(団体戦)の選手メンバーに入れるようになり(全国第5位)、4年生では寮長としても生活面から後輩の面倒をみるようになり、いつしか主将、副主将と共に部をまとめる存在になっていました。
そんな私でしたが、稽古での無理が祟ったのか卒業時にはケガで満身創痍の体となっていました。そこでこれ以上の柔道生活を断念。しかし、何とかこの経験を活かせないものかと考えた結果、親の勧めもあり、ケガや痛みを手当する側の柔道整復師を志しました。
それまで柔道ばかりしていたので、専門学校時代の勉強は苦労しましたが、運良く周囲の優秀な友人に恵まれていたので、一緒に勉強して国家試験はストレートで合格。そして何よりもクラス全員で合格を手にしたのが嬉しかったなぁ。当時、級長なんかもやっていましたから。
柔道整復師になってからも大変でした。研修時代は朝から晩まで働きづめ。朝は開院準備、施術、昼休みに勉強会、午後の施術、片付け、そして自主的に施術のトレーニング。そんな毎日を過ごしましたが、やりたい仕事をやれている実感と柔道で養われていた精神力のおかげで、人が苦と思うことも苦と思わないようになり、いつしかそれを楽しむことも身につけていきました。
研修期間を終え、いざ開業しようと考えていた頃、母校の米田柔整専門学校に「教鞭をとってみないか」と誘われ、迷いましたが、これも何かの思し召し。「今しかできないこと」と思い受諾。教育者として後進の指導に当たりました。
教員時代は楽しかったなぁ。とても感じのいい、やる気のある学生たちに恵まれ、毎日が忙しくも充実した日々でした。この教員時代の10年間はわが人生の春を謳歌したものです。
しかしながら、そんな春はいつまでも続かないものです。自分の心の中で押さえつけていた熱い気持ちが燃え上がったのです。
「私は柔道家・柔道整復師になるために生まれてきた」
そんな強い衝動に駆られ、接骨院の現場でお客様に施術することが柔道整復師の本分と考え、また柔道家としては柔道教室を興し、子どもたちに柔道指導することを使命に感じた私は平成25年5月に中川区高畑に「高畑駅前接骨院」と「河原道場高畑キッズ柔道教室」を開設、次第にお客様が増え、一接骨院では見きれないほどの人が来られるようになり、柔道教室も地域の方々に支えられ、子どもたちもたくさん集まってくれました。*柔道教室は高畑でみれる人数を超過したため、令和元年4月より安全面の配慮から実家で南区にある昭和27年創業の「河原道場」へ移転して「高畑」と「本家」を一本化し、同時に父より道場主を引き継ぎました。(祖父から数えて三代目)
そういった経緯を経て、平成29年11月には熱田区三本松の名鉄神宮前駅東口徒歩すぐのところに「神宮前駅東口接骨院」を開院し、令和4年6月には中区新栄町にも「新栄町接骨院」を開院しました。
私は柔道家として、柔道整復師としての仕事に、強い使命感と深い誇りを持っています。施術家歴25年以上の施術力とプロを2,000人以上、育ててきた指導力で「高畑駅前接骨院」にご縁を持った皆さまの施術にスタッフ共々あたります。元気に、活力ある毎日を提供したいと思っています。
どうぞ、よろしくお願いいたします。